金沢紀行

 3回目の金沢。例により上越新幹線北陸本線で、鉄路つつがなく2時過ぎに到着。
 まず駅から徒歩1分の「ホテル日航金沢」へ。

 ここはクオリティーが高いのだけれど、ひとつ難を言えば「ロビーで迷う」。
ホールが円形で方向感覚が狂ううえ、広くないスペースに何本もの円柱や家具調度が並んでいて見通しが悪いせいだと思う。
 「駅側の出口はどっちだ」「エレベーターはどこ?」ってな感じで、自分の住まいで迷うというのは甚だ具合がよろしくない。
 でも部屋は広いし、エレベーターは速いし、廊下は圧迫感・閉塞感が少なく、設備面全般では合格点をはるかに上回る。
なんたって眺望絶佳だ。海側の部屋からは、昼夜を問わず素晴らしい眺めを堪能できる。

 武蔵ヶ辻で散髪したのち、昼食を認めようと近江町市場へ行ったら、目当ての「弥生」が準備中。昼休みは取らぬはずだのに。
どうせ腹具合・時間とも中途半端だったので、近江町コロッケを立ち食いしながら浅野川方面へ歩き出す。
 猫を撮ったりしながら暗闇坂周辺の小路を歩き回り、南下して浅野川の川原を両側歩き桜を撮影。数日後に迫った桜祭りの準備で忙しそうであった。

 恒例の卯辰山ハイキング。今年は異常気象のおかげで桜が早まり、卯辰山公園の桜を観るのが目的のひとつ。とりあえず望胡台まで登ったのだが…。
 頂上はカップルだらけであった。居づらくなった独り者は早々に退散。背後の階段に座り込み焼きそばを食っているアンちゃんが哀れである。よ、ご同輩。
 坂をまっすぐ下りて、ひがし茶屋街に。夕暮れ時のわりに風情が感じられなかったのは、生活の匂いがなかったからか。



 さて今回のメインイベント、「小松弥助」である。
昨年、倫敦屋に教わった弥助は、言葉では言い表しきれぬ極上の寿司を供する。

口に入れた瞬間、溶け去ってしまう「あぶりトロ」
酢っぱさを感じさせず、身も硬くならずふんわりとした「こはだ」
笹の葉に乗せてあぶり、身ほんらいの香りが口中に広がる「穴子
いずれも素晴らしい。
なぜだか「鯛の梅肉のせ」だけ冴えを欠いたかな。

 特筆すべきは、まず「烏賊の3枚おろし」。烏賊の薄い身に横から2回も包丁を入れるなんて、誰が考えつくでしょう。よしんば思いついたとして、それをやってのける腕の持ち主が果たして何人居るか。
 厚さ1ミリの烏賊を0.数ミリまで薄くし、さらに縦横無尽に飾り包丁を入れる。めった斬りに斬りまくる。これを口に入れると、弾力のある食感が来たと思ったら、はらりはらりと身がほどけ、そして溶けてなくなってしまうのだ。

 そして…。中トロのサクを取り出したので握るのかと思いきや、おもむろに包丁で叩き始めた。誰しも「おいおい」と狼狽するはずである。
 これが〆の「ねぎとろ巻き」。正真正銘の中トロで、旨くないわけがない。いま思いだしても涎が出る。

 弥助の底力というか恐ろしさは、ネタにあらず。
 シャリは、ネタごとに握る形や大きさを変えている。空気を握り込み、摘まむと一瞬危うく感じるのだが、決して崩れることはない。それどころか、米粒としての感触を伝えず、ネタと渾然一体となる。
 漬け鮪(これだって香りだけ残して溶けてしまうのだ)には、ワサビが山盛りに乗ってくるので一瞬たじろいでしまうのだが、ぜんぜんツンとこない。
 そして巻物の海苔。かじっても口の中に刺さらないし、粉が飛び散ることもない。おそらく特級品の海苔とはこういうものなのだろう。
 お茶だって、最初に出される一杯は薄め、食事の終わり近くに注がれた一杯はやや渋め。こんなところにまで気配りが行き届いている。

 帰り際、倫敦屋の紹介で来店した旨を告げたところ、おやじさんは顔をほころばせた。また訪れなくては、というより金沢に来るたびに寄りたい、寄らねばならぬ。
 言っちゃ悪いが、一泊7千円もしないビジネスホテルの1階に間借りしているのは場違いというか、そぐわないよな〜。


 いったんホテルに帰る。携帯メール及び、ヤフーメールをチェックしながら大野庄用水に沿って長土塀あたりを歩く。あまりに整備されすぎていて、ここもおそらく、明るい時間に通っても風情に欠けるだろうと思われた。


 29階のラウンジへ。窓際のソファーを占めてギムレット
 このホテルで呑みたい向きは、29階のバーよりも30階のレストランを薦める。バーの方は山側にしか窓がないからだ。29階の海側は、鉄板焼きの店である。ただし、天気の良い日中なら、北アルプスを眺めながら昼酒を呑むのも悪くない。
 景色に飽きたのでカウンターへ移動。女性バーテンダーは、もう数年のキャリアがあるそうだけど、客捌きがまだまだ。その他の所作などからは、せいぜい1年程度にしか見えなかった。精進を期待したい。


 とか言いながら長居してしまい(笑)、11時前に慌てて飛び出し、タクシーで倫敦屋へ。お決まりのギムレット、ワインでマルゲリータを平らげ、樽のストラスアイラ。何度呑んでも素晴らしいストラスアイラ。
 弥助の話で大盛り上がり。マスター、涎をすする。
いわく、イチローは帰国するたびに店を貸し切る、高倉健サマ!!!が一般客に混じって召し上がる、クリントンだかが訪日した際、弥助のおやじさんは東京に呼び寄せられ、帝国ホテルの厨房を好きに使わせてもらい寿司を供した…etc。

 健さんは食事が終わるとやおら立ちあがり、「わたくしがいても(話しかけたりせず)落ち着いて食事させていただき、本日は皆さんありがとうございました」と、他の客にお礼を述べるんだそうな。さすが健さんらしいというか…。
 20年ほど前、映画「海峡」の記者会見が函館で行なわれた時のこと。会見テーブルには自分ひとり、そこへ一杯の紅茶が運ばれてきた。健さんは会見場を見渡すと、大勢の新聞・雑誌記者のなか、たったひとりいた女性記者のもとへ、その紅茶を自ら運んだという。

 あとは競馬の話、さきのバーテンダーの話。



 倫敦屋のあと、こっそりもう一軒行くつもりで(可能ならば朝まで呑むつもりであった)木倉町通りを往復したが、目当ての店は見つからなかったり休みだったり。人気のない金沢の街を徒歩でさまよう。2時すぎにホテルへ帰り、シャワーも浴びずベッドに潜り込んだ。お疲れ様でした(ρ_ー)zzz