参った


父さん、元気ですか。
僕は元気でやっています。
成長はもう止まったみたいで、体重の増える心配はないようです。でも、もう少し身長が欲しかったな、と思います。
学校での生活も2年生の半ばが終わり、走路騎乗を始めて半年以上になります。少しずつ競走の姿勢や鞭の使い方が分かってきました。最近では発走の練習や追い切りのメニューが加わり、楽しくてしようがありません。落馬には注意していますが、すでに何度か落ちています。最近は御守りをつけて乗っています。不思議とこの御守りをつけてからは、落馬の回数が少なくなりました。
父さん、先日、また「セントウルへの道」を見てしまいました。
今までは、周囲の人が父さんのことを凄い乗り役だった、というのは聞いていましたが、僕自身、父さんの騎乗についてどこが凄いのかよく分かりませんでした。
でも、実際に自分が馬に乗り、その難しさを知って初めて父さんの凄さが分かりました。そして、また僕が騎手になってレースに乗るようになると、父さんの凄さをまた思い知る、そんな予感もあります。それはうれしいことであり、また恐いような気もします。
僕は二つの面で父さんを尊敬しています。一つは騎手としての福永洋一、もう一つはリハビリと戦うお父さん。僕はリハビリと戦っている父さんしか知りません。
騎手としての父さんはビデオや本でしか知ることができません。でも同じ道を目指して競馬学校に入学し、父さんのビデオを繰り返し見て、騎手としての福永洋一を心から尊敬するようになりました。
「あなたの目標とする騎手は誰ですか」と聞かれたら、今ならきっと「福永洋一です」と答えることができます。
父さん、9月半ばごろからトレセン実習が始まります。お世話になる厩舎も決まりました。その時、ゆっくり会えます。楽しみにしていて下さい。
母さんによろしく。
        祐一


福永祐一が17歳のとき、父親宛てに書いた手紙。
これに遠く及ばない悪文で銭を取っている無数のプロの物書きたちは、裸足で逃げ出すしかない。